HOME»  » TOP  » RSS  » ADMIN

category

  • [BYJ]情報(204)
  • [BYJ]家族の想い(10)
  • [BYJ]動画(18)
  • [BYJ]Artwork(0)
  • [好き]音楽(19)
  • [好き]BOOK(5)
  • [好き]映画/ドラマ(9)
  • [好き]未分類(7)
  • [3D]動画(23)
  • [3D]画像(3)
  • [3D]日々徒然(148)
  • [3D]覚書(10)
  • [3D]お気にソフト(1)
  • [3D]情報(3)
  • [3D]未分類(49)
  • [情報]孫ブロ(21)
  • [情報]韓国(11)
  • [情報]PC関連(59)
  • [情報]サイト関連(11)
  • [情報]ソフト関連(2)
  • [情報]動画(12)
  • [情報]音楽(4)
  • [情報]画像(5)
  • [情報]カメラ(3)
  • [情報]未分類(24)
  • [情報]電子マネー(1)

クリック募金

Sponsored Link

dot1 dot1

listスポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
スポンサー広告--.--(--)--:--|コメント(-)|トラックバック(-)|Top↑
dot1 dot1

コメント投稿フォーム

本文:


名前:

件名:

BLOG/HP:

PASS:

SECRET:

[非公開コメントにしたい場合はBOXにチェックをして下さい] 

dot1 dot1
dot1 dot1

スポンサーサイト のトラックバック

スポンサーサイト のトラックバックアドレス

dot1 dot1
dot1 dot1

list京都旅行での思い出① 

―相国寺(しょうこくじ)名宝展―

一山一寧墨蹟 送空蔵主帰里法語
(いっさんいちねいぼくせき くうぞうすのさとにかえるをおくるほうご)

言葉の有りや無しやは問題ではない
藤が枝に巻きついて ようやく立つように
あなたは仏の教えによって立つ身であるが
藤が美しい花を 汚い泥の上に放つように
俗世にその教えを伝えている

もしも僧侶でありながら このような真の行いをしないならば
それは人を咬むような恐ろしい獅子が門に寄りかかったり
戸のそばにいるほどの状況を肯定しているのとなんら変わりない

あなたが役に立たない古びた大きな酒だるだとしても 
悟りはその入る量によって得られ 虚ろな体だとしても 
杖で叩く音は 悟りに至る道の長さを告げている
背の低い人が布を売り歩くような ありふれた行いではないのだ

三千里も五千里も いまの師のもとで空しく行くのはもう止めて さあ帰るがいい
門出を祝って 大きな口で笑いたいところだが あえて開かずにおこう

あなたの帰る地の高僧たちが もし見る目を持つようであれば
あなたの為に 立派な寺院を建てて迎えることだろう




相国寺に行ったのは最終日の午前中。
午後からは仕事が入っていたし、翌日は大阪入りしなければならなかったので、
京都での最後の散策は相国寺になった。

でも、一番最初に書いた。
それは、この「一山一寧墨蹟 送空蔵主帰里法語」が私の心に深く残っていたからだと思う。

相国寺に行こうと思ったきっかけは「お線香」
「ここのお線香の香りが良いんですよ」と、宿泊していたホテルのベルガール(お寺さん巡り好き)に教えて貰ったからだ。
お寺さんのお香は、それぞれ独自のものを発注して作られたものであり、購入するには、そのお寺さんまで行かないと手に入らないということだった。
相国寺の香りはいかがなものなのだろうか?という期待で訪れた。
本殿を拝観して、鳴き龍に手を打合わせて、お線香を買って、目漂達成。
せっかくだからと、美術展は気軽に覗いてみただけだった。

豚インフルのお陰と、相国寺の知名度のせいか、本殿では修学旅行生のグループが十数名来ていただけで、人が来ない廊下に腰を下ろし、裏庭を眺めながら静かな時間を過ごした。
美術館に至っては、最後の最後に、ご夫婦とすれ違っただけで、ずっと、RUCHANとふたりきりの世界で遥か昔の人々の想いを確かめながら読み歩いた。

上記の墨蹟を読んだとき、「仏教もキリスト教も、教えているのは同じことなのだなぁ」とまず思った。
そして読んでいるうちに、一山一寧が私に語りかけているように思えて来た。
自意識過剰な話だと思われるかもしれないが、私は私の仕事・人生に対しての教えを頂いた気分になった。
呼ばれたのかな?
(タイミングなのか、求めたせいなのか、呼ばれたのか、今回の旅にはこんな出会いが他にも有って、その度に気づかされたり考えさせられたり。有り難いことです^^)

*
相国寺(しょうこくじ)HP

京都市上京区にある臨済宗相国寺派大本山の寺院。
山号を万年山と称し、詳しくは「万年山相国承天禅寺」と称する。
本尊は釈迦如来、開基(創立者)は足利義満、開山は夢窓疎石である。
足利将軍家や伏見宮家および桂宮家ゆかりの禅寺であり、京都五山の第2位に列せられている。
相国寺は五山文学の中心地であり、画僧周文や雪舟は相国寺の出身である。
また、京都の観光名所として著名な金閣寺(鹿苑寺)、銀閣寺(慈照寺)は、相国寺の境外塔頭(けいがいたっちゅう)である。(出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
塔頭(たっちゅう)とは、もともと禅寺において祖師や大寺・名刹の高僧の死後、その弟子が師の徳を慕って、塔(祖師や高僧の墓塔)の頭(ほとり)、または、その敷地内に建てた小院のことをいう。
それから転じて、寺院の敷地内にある、高僧が隠退後に住した子院のことも「塔頭」あるいは「塔院」と呼ぶようになった。
「塔中」と書くこともある。
中国の禅寺では本来、住持を隠退した者は、東堂・西堂の僧堂で雲水たちと共同生活をする決まりとなっていた。
時代が降ると、大寺の中に小庵を結びそこに住する者が現れるようになったが、それは一禅僧の一代限りの措置であった。
そのような中国の慣習が日本に伝わると、開山など、禅寺にとってとりわけ大切な人の墓所としての塔頭・塔院と同一視されて永続的な施設となり、日本独自の「塔頭」という存在が認知されることとなった。
さらには、塔頭は、独自に檀那や寺領を獲得し、その門弟によって継承されることとなったのである。

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

(つまり、金閣寺と銀閣寺は、相国寺の出張所みたいなものということかしら?出張所の方が世間的には有名になっているということね^m^)


一山一寧(いっさんいちねい) (1247―1317)

鎌倉末期、中国から渡来した臨済(りんざい)宗の僧。
姓は胡(こ)氏。
台州(浙江(せっこう)省)の人。
頑極行弥(がんごくぎょうみ)の法を嗣(つ)ぎ、1299年(正安1)西子曇(せいけんしどん)らとともに来朝。
執権北条貞時は元(げん)の游偵(ゆうてい)(回し者)と疑い、伊豆修禅寺(しゅぜんじ)に捕らえた。
のち許されて建長寺、円覚寺(えんがくじ)、浄智寺(じょうちじ)を歴住し、1313年(正和2)に後宇多(ごうだ)上皇の勅によって南禅寺3世となった。
朱子(しゅし)(朱熹(しゅき))の新注を伝え、弟子の接化に偈頌(げじゅ)を用いて、門下に五山文学者を輩出し、禅林文学に大きな影響を与えた。
文保(ぶんぽう)元年9月24日示寂。
元の成宗(せいそう)より妙慈広済(みょうじこうさい)大師、後宇多上皇より一山国師の号を賜う。
『一山国師語録』2巻などがあり、弟子に石梁仁恭(せきりょうにんきょう)、聞渓良聡(もんけいりょうそう)、雪村友梅(せっそんゆうばい)、東林友丘(とうりんゆうきゅう)などがいる。
[執筆者:中尾良信](yahoo百科辞典


墨跡(ぼくせき)

禅僧の筆跡の習慣的呼称。
本来は「書いた筆のあと」(筆跡)を意味し、中国では「墨迹」とも書いて広く肉筆一般をさすが、わが国では、とくに中国・日本の禅僧の筆跡に限定して墨跡の語が用いられる。
なかでも、中国の宋(そう)・元時代の禅僧、および日本の鎌倉・室町時代の禅僧が書いたものを珍重するが、さらに範囲を広げて江戸時代以後の臨済宗や黄檗(おうばく)宗の僧侶(そうりょ)のものも、そのなかに含めて考えられている。
室町時代、村田珠光(じゅこう)らによって茶道が盛行するにつれて、墨跡は茶席の掛物の第一に置かれてきた。
それは、書かれた文句の心、および筆者の徳に対して、尊敬されたところにある。
墨跡には、さまざまな内容があり、およそ次のように区分される。

(1)印可状(いんかじょう) 
師が弟子に対して、修行を終えた証明として与えたもので、墨跡のなかでもっとも重要とされるもの。

(2)字号(じごう) 
師が弟子に号を授与するのに、自筆で大書したもので、印可状と同様に権威をもつ。

(3)法語(ほうご) 
仏法の尊厳を説き、自己の悟りの境地を示したもので、師から弟子へ、また同輩の間でも書き贈られた。

(4)偈頌(げじゅ) 
五言・七言などの韻文体のもので、偈ともよぶ。法語とほぼ同様な内容である。

(5)遺偈(ゆいげ) 
禅僧が死の直前に、弟子たちに辞世の句として書き残したもの。

(6)餞別語(せんべつご) 
中国に渡った日本の禅僧が、帰国に際して歴訪した寺の高僧に書いてもらった法語や偈など。

(7)進道語(しんどうご) 
師から弟子に、禅の肝要を説いて修行の助けとしたもの。

(8)額字(がくじ) 
禅寺の建築の内外に掲げる額の文字。

(9)書状(手紙)。

これらの墨跡は、書法にこだわることなく、筆者自身の修行の果てに到達した高い精神性が端的に表れた破格法外の書が多く、その個性味豊かな書風が尊ばれている。
[執筆者:古谷 稔](yahoo百科辞典


空蔵(くうぞう)
いろいろと検索をかけてみたが、どのような人物か出てこなかった。
空蔵(くぞう)という言葉には、「ゼロからの出発」という意味があるということだけがわかった。
空蔵が人物名でないのであれば、一山一寧は、これから国に帰る僧侶に言葉の意味を込め、そう呼びかけたのかもしれない。知っている方がいらしたら教えを請いたい。


[3D]未分類06.17(Wed)07:29コメント(0)トラックバック(0)Top↑
dot1 dot1

コメント投稿フォーム

本文:


名前:

件名:

BLOG/HP:

PASS:

SECRET:

[非公開コメントにしたい場合はBOXにチェックをして下さい] 

dot1 dot1
dot1 dot1

京都旅行での思い出①  のトラックバック

京都旅行での思い出①  のトラックバックアドレス

dot1 dot1
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。